神奈川県 中井町役場
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2008年12月16日 更新
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名所・旧跡
震生湖
 森に囲まれた震生湖は木漏れ日に映える新緑の頃、眩いばかりです。
 この湖は中井町と秦野市にまたがり、関東大震災により谷が堰止められて誕生した湖で、「震生湖」といわれています。「天災は忘れた頃にやってくる」の名文句を生んだ地学研究の大家・寺田寅彦氏は、震災当時この地の震災調査を行ったことで知られ、湖畔には「山さけて 成りける池や 水すまし」の句碑が残されています。
 震災後70余年たったいまでは、晴れた日ともなるとボート遊びや湖周散策を楽しむ人たちでいっぱいです。また太公望たちにとっても格好の場で、日がな1日釣糸をたれています。北側尾根からは秦野盆地や丹沢連峰、富士山余陵丘陵などがながめられます。
米倉寺
 禅三宗の内、曹洞宗に属して井宝山(せいほうざん)と号し、天文元年(1532年)の開創で米倉一族の菩提寺です。米倉家は甲州武田家の家臣で、米倉丹後守種継が井ノ口移住の折、両親の追善と自己の安住を考え、昔からこの地あった用国院を再建して、米倉寺と改名したと伝えられています。
 米倉寺は、460年以上の歴史の中、正保2年(1645年)に焼失し慶安2年(1649年)に再建されましたが、本堂は天明年間(茅葺)と平成6年に再建し、庫裡は340年の寒暑に耐えて平成3年に再建されました。
 現在の本堂内陣は天明年間の材その侭に再現し、内外に貴重な文化財も多く、県の昔話50選に記載される迫力ある阿吽の2龍、又関東百八地蔵尊霊場94番札所でもあります。
■米倉寺の重要文化財
・米倉一族の墓/米倉丹後守種継・平太夫繁次・権平まで3代の墓で、一枚墓石・五輪塔・宝筺印塔などは、300年以上もの風雪に耐えています。
・内陣の欄間彫刻/本堂大間にある6基の彫刻です。杉崎佐吉政貴の作で籠・獅子・麒麟が彫られています。
・梵鐘/寛永7年(1630年)に鋳造されました。
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